なぜ、いま動物の権利が主張されるのか?動物倫理の歴史を振り返る

なぜ、いま動物の権利が主張されるのか?動物倫理の歴史を振り返る

動物倫理の歴史は浅い。動物倫理というと「動物愛護?ヴィーガン?…特別な思想を持った人たちでしょ??」などの先入観があることから、まだまだ理解されなかったり、後回しにされがちな倫理観です。

もちろん、昔から動物に対する倫理観はあったとは思いますが、現代の状況の変化に伴って急速に確立してきた分野であることはたしかです。

今回は、「なぜ、いま動物の権利が主張されるようになったのか?」そして「動物の権利を訴える背景にはどんな歴史があったのか?」をまとめていきます。

参考文献:はじめての動物倫理学 (集英社新書) 

なぜ、いまなのか?

なぜ、いま動物の権利が主張されているのか?本書では大きく以下の二点の理由を挙げています。

  1. 科学進歩によって動物の道具としての必要性が消失したのに人類は相変わらず動物を使い続けている
  2. 「差別をなくそう」「多様性を認めよう」というダイバーシティの対象が動物にまで及んできている

動物の道具としての必要性

昔、動物は人間の生活にとってなくてはならないものでした。農業で牛や馬を使ったり、長距離移動のために馬を使ったり、馬は戦争のときにも活躍しました。

つまり、動物の使用はこれまでの人類にあっては、文明生活の基本条件の一つだったということです。

でも今は違いますよね?

畑はトラクターで耕すことができるようになったし、車や電車で長距離移動ができるようになりました。

よって、我々は「人間にとって必要だから、動物をしかたなく使う」という言い訳ができなくなり、動物を利用することが単なる悪に成り下がってしまったということです。

動物を利用しなくとも生きていけるのにもかかわらず、動物を利用し続けいているので「これって正しいのか?」と考えるのは自然な流れかと思います。

動物が機械に取って代わったいま、動物を利用していい理由って何なんでしょう・・・

多様性の拡大

日本ではあまりありませんが、アメリカでは黒人差別がよく問題になっていますよね。森喜朗氏の女性蔑視発言が話題になったことからもよくわかるように女性差別も現代の問題と言えるでしょう。

この問題を解消するために「多様性を尊重しよう」とダイバーシティの意識を様々な方面に向けてきました。

そして、その差別の対象というのはいつも「人間」でした。

「人種で差別をするのはやめよう」「性別で差別をするのはやめよう」、、、この多様性の輪が広がって「動物」に焦点が当てられるようになったのです。

多様性を尊重するということはマイノリティを蚊帳の外に放置することなく、例外を作らないってことですよね。

「動物は例外・・・」というと多様性の考え方を否定してしまう…

過去の哲学者はどう考えていたか?

動物は「物」だった

動物を道具(物)のような言い方をするのには抵抗がありますが、現在の法律でもペット含め、基本的に「物」として扱われています。

「動物は人間に似ているが、それは表層的なもので、本質的には人間とは異なる存在だ」というのは昔の動物観かと思いきや、近代の哲学者もそのようなことを考えていました。

カントは動物に対して、手段として利用されるのみの物件とし、存在それ自体としては理性なき「物」だとしました。※だからと言って、動物を残酷に扱ってもよいというわけではないですが、あくまでもそれが人間自身の心のあり方に影響を及ぼすからという理由にすぎませんでした。

またデカルトは、動物が苦しんでいるのはそう見えるだけで、実際に苦しいかどうかは不明で、つまり動物は生きてはいるが心がない機械のようなものと捉えていました。

哲学者カント・デカルトの動物観

「動物を物だなんて、そんな考え方酷い・・・」と思うかもしれませんが、馬は相変わらず売り買いの対象となっているのが現実です。。。

進化論が教えてくれた最大のメッセージ

カントやデカルトは動物を「物」として捉えていましたが、そこにはやはり「人間と動物は本質的には異なる」という前提がありました。

それを覆したのがダーウィンによる進化論の提唱です。根源的に違うと考えていた「人間」と「動物」は、実は連続的な生き物だったのです。

僕ら人類は生物学的には類人猿のグループに含まれていて、動物を物として捉えていたような動物観からすれば「人間はどの類人猿ともDNAが大きく異なっている」はずでした。

しかしこの目論見は大きく外れて、人間と最も近いとされるボノボと人間のDNAの差は、ボノボとテナガザルのDNAの差よりも小さいことがわかってしまいました。

猿は猿同士でコミュニケーションを取るし、ボスザルがいたりとコミュニティの中での社会性もある点で、人間と多くの共通点を見出すことができます。

動物擁護の先駆者

「人間と猿は近い!」ということがわかったからといって、そう簡単に人間と動物を平等に扱うことができないのは、現在の状況が証明済みですよね。

現代ですら理解されにくいヴィーガンの存在ですが、進化論以降に動物擁護を訴えていた先駆者もごくわずかに存在していました。その一人が、ルイス・ゴンペルツという人物です。

「動物にも人間と同じような権利がある」だから「動物を食べない」というのは正しい論理なはずです。でも僕らはそれを実践できない。。。

ゴンペルツはこの理論と実践の乖離を問題とし、そして自ら動物性食品を摂らないヴィーガンとなって、倫理的振る舞いの実践者たろうとしました。

想像に難くないように、当時はヴィーガン料理なんてなかったし、防寒のために毛皮を着ていたので、ゴンペルツの時代でのヴィーガンを実践するのは非常に困難だったため、ゴンペルツのような人物は例外でした。

ちなみにこちらのツイートは本記事の参考文献『はじめての動物倫理学』の著者さんです!

動物倫理学の創始者

本書には「動物倫理学は学問としてスタート時点がはっきりとしている点がある」と書かれています。この学問を本格的にスタートさせた「人」と「本」があり、それがオーストラリア出身の哲学者ピーターシンガーの『動物の解放』という本です。

シンガーはこの本で、種が違うことを根拠にヒトとそれ以外の動物を差別することを「種差別(スピーシズム)」という言葉で言い表しました。

シンガーがこの本で、現代の動物の扱われ方や肉食の実態を伝えたため、動物を解放する運動が大きく広がっていきました。

まとめ

なぜ、いま動物の権利が主張されるようになったのか?

それは、「科学進歩によって動物を利用する必要がなくなった」ことと「多様性の拡大の輪が動物にまで及んでいる」ということが大きいから。

動物倫理の歴史まとめ

  • カントやデカルト:動物を物として捉えていた時代
  • ゴンペルツ:ヴィーガンを実践していたがほとんどの人には理解されない例外な存在だった
  • シンガー:動物倫理学を本格的にスタートさせた

シンガーは今も生きている人ですから、動物倫理がいかに歴史の浅い分野であるかというのがよくわかりますね。このように、僕ら人類は動物と大昔から付き添って生きてきた割には、動物との付き合い方を本格的に考え出したのはほんの最近のことなのです。